「ハルヒくん、さん。本日は宜しくお願いしますね。」
「ハイ。こちらこそ宜しくお願いします。」
「そんなにかしこまらなくてもいいんだけど…じゃあ、始めようか。」
の言葉に、エプロンを身につけたハルヒと宝積寺が返事を返した。
もちろん、も自前のエプロンを身につけている。
頭にはエプロンと同じ柄の布地を三人とも巻いていた。
三人は今、あの騒がしい第三音楽室ではなく、第一調理室にやってきていた。
理由は、宝積寺にお菓子の作り方を教えるため―
前回のお話で宝積寺の相手を任されてしまったハルヒ。
落ち込んでいるハルヒを見兼ねたが手助けとして、一緒に指導することになった。
そして現在に至る
「ハルヒくん、ハルヒくん。クリームにお砂糖はもう入れてもよくて?」
「あ、ハイ…先輩、チョコレートの方はどうなっていますか?」
「あ?あぁ、今からやる所だ……って」
「? 先輩、どうかしましたか?」
ウキウキとした様子でボールを腕に抱え、泡立て機でクリームを混ぜている宝積寺の質問に答えた後
ハルヒは目線をに向けて尋ねた。
型にクッキー生地を入れこんでいたは、曖昧に返事をした後、先ほどチョコレートの入ったボールを置いた所を見やった。
―瞬間、は言葉を止めた。
突然言葉を止めたを不思議に思い、ハルヒがの顔を見上げた。
「……ハルヒ」
「はい?」
「ここに置いてあったボール知らないか?」
「え?知りませんけど……」
「あぁ、それなら向こうのガスコンロでちゃんと溶かして…」
「「わぁーーー!!!」」
「じっ…直火は駄目だって!!」
とハルヒの会話を聞いていた宝積寺が、ガスコンロの方を示しながら言った。
一抹の不安を感じながら、その方向を恐る恐る見た二人は揃って声をあげた。
はガスコンロの上でブスブスいって焦げた匂いを発している鍋を慌てて持ち上げ、水場に持っていった。
勢いよく水を出し、鍋を冷やす。
触れれる程度になった鍋の蓋を開け、中身を確認した。
瞬間、はがっくりと肩を落とした。
駄目だ…これはもう使えない…
中に入っていたのは、数分前はチョコレートだったと思われる黒い物体。
完全に使い物にならなくなってしまったチョコレートの残骸を黙って捨て、新しくチョコレートを取り出した。
こんなこともあるだろう、と思っていたは、それが見事当たった事にため息をついた。
宝積寺の手に渡らぬうちに、はボールにチョコレートを入れ砕き、もう1つボールを用意した。
其の中にお湯を張り、其の上にチョコレートの入ったボールを重ねて置いた。
がその作業をしている間に、ハルヒと宝積寺は自作クッキーをオーブンに入れ、焼き出した。
作業を終え、仲睦まじく料理をしている二人をは見やった。
指についたチョコレートを舐めながら、二人からドアの方に視線を移し、ドアに近づいた。
「……何やってんだよ、お前等」
「!!」
「全く……部はどうしたんだよ。」
「お…お父さんは心配で…心配で!!」
「あー、ハイハイ。もうそれはいいから。…で?どうして鏡夜までいるのかな?」
「大体の想像はつくだろう?お前なら」
「…あぁ。嫌っていうほど分かるよ。」
何年一緒にいると思っているんだ、とでも言いたそうな顔をして、は鳳を見た。
そのの表情に、鳳は可笑しそうに笑んだ。
分かっているのなら聞くな、という意味合いを込めて。
と鳳が会話を交わしている間に、に軽く流されて落ち込んでいた環が復活した。
復活した途端に、二人の間に割ってはいって何事が言い出し始めた。
「これはハルヒを乙女に目覚めさせる一大プロジェクトなのだ!!」
「はぁ?環、いきなり何言い出して…」
「其の為ににも手伝ってもらっているのだ!!」
「や、俺がいたらハルヒ、乙女になんてならないと思うんだけど…」
「そんな事はない!男だが女みたいなの雰囲気ならば平気…!?」
「…環、もう一度言ってみ?」
言ったその瞬間から地獄行きだけどな
黒い空気を身に纏ったを見た瞬間、環は言葉を噤んだ。
黒い微笑みを浮かべたまま、は一発、環に拳を食らわした。
鳩尾を押さえて蹲る環を見下ろした後、はすっきりした様子でいつもの表情を作った。
蹲ったままの環を置いて、は後ろを振り返った。
そこには既に出来あがったクッキーを手に、ハルヒと宝積寺が調理室から出てきていた。
思い出したように手を打ち、は調理室の中に入った。
「ねぇ、みんな。俺のも食べてみてよ。」
調理室から自分の作ったクッキーを持ってきて、そう言った。
言ってから、先ほどよりも騒がしくなっていることに気付いた。
いつの間に立ち直ったのか、その騒ぎの中には環もいた。
「セクハラ!?俺がセクハラならあいつ等は凶悪犯か!?」などと意味不明な事を叫んでいる。
其の横に呆れた顔をした双子とハルヒが居て、いつも以上におかしくなっている環に、原因を作ったのであろう双子が謝っていた。
「ほぉ。も作ったのか」
「うん。クッキーなんて久々に作ったけどな。」
「ちゃんの僕食べるー!」
「クス。どうぞ、ハニー先輩」
「わーいv」
「モリ先輩もどうぞ」
顎に手を添えて近寄ってきた鳳に、は曖昧に笑った。
喜々とした様子でぬいぐるみを抱えてやってきた埴之塚に、クッキーの乗ったお皿を差し出す。
そこから1枚取って口に入れた埴之塚の顔が、みるみるうちに変わっていった。
只でさえ幸せそうだった顔に満面の笑みを浮かべて、1枚、また1枚と埴之塚はクッキーを食べた。
後ろに控えるようにして立っていた銛之塚にも勧める。
無言で頷いた銛之塚は、クッキーに手を伸ばし1枚取った。
「……美味い」
「そう。良かった。」
「「何々〜?それ、先輩が作ったやつ〜?」」
「そうだよ。光も馨も食べる?」
「「食べるー」」
一口で食べてしまった銛之塚の素直な感想に、は微笑んだ。
そこへ環たちから離れて双子たちがやってきた。
興味津々にが持っているクッキーを見ている双子に、はクッキーを差し出した。
1枚ずつ取った双子は、ほぼ同時にクッキーを口に入れた。
「「ウマイじゃんー。流石、先輩」」と、声を揃えて感想を言った双子に、は苦笑した。
双子よりも少し遅れてやってきたハルヒと環にも、はクッキーを渡した。
それぞれ素直に感想を言ってきたハルヒと環に、は微笑んだ。
と、視界の隅の方で、宝積寺に近付いていく埴之塚の姿が見えた。
埴之塚の手にはカップが持たれていて、そのカップを埴之塚は宝積寺に差し出した。
暫く埴之塚を眺めていた宝積寺は、カップを手にすることなく、埴之塚の頬を抓った。
それに驚き、は目を見開いた。
抓られて涙目になった埴之塚は、銛之塚へと抱きつきにいった。
抱きつきにきた埴之塚を、あやすように銛之塚は抱えあげた。
「……ぬるいですわ……」
「え…?」
ポツリ…と宝積寺の口から出た言葉に、は不思議そうな声をだした。
その声に全員、宝積寺の方を見た。
「総じてキャラがぬるい!!(鏡夜様以外)」
「「「!??!?!」」」
宝積寺の言葉に、その場の空気が一気に凍りついた。
そんなことはお構い無しに、宝積寺は更に続けた。
「貴方方はあまりに『影』が欠如していますわ。乙女は美男の『トラウマ』に弱いもの!!
そんなバカみたいなノリだけでは飽きられるのも時間の問題!!貴方方は鏡夜様のお店を潰す気ですの!?」
「いや、潰すも何もここは店じゃな……」
「今日からキャラを一新します!!まず、あなた!!」
「ふぇッ」
「……聞いちゃいないね…」
制止の声も聞かずに、埴之塚を指差した宝積寺に、はため息をついた。
これから、一人ずつ一新させられるんだろうなー…と思いつつ。
**途中コメント**
大分遅くなりましてスミマセン;1ヶ月振り…煤
やっと20話……;
再びれんげ嬢が暴れ出します。(笑)
06,5,28