「シェフ。ちょっとキッチン借りてもいいかな?」
「これは、お坊ちゃま。どうぞ、お使い下さい。」
「有難う。今日は皆泊まる予定だから、夕飯も俺が作るよ。」
「左様ですか。」
「うん。だから今日はもうあがって良いよ。後は俺に任せて。」
「分かりました。では、何か御座いましたら、私、自室におりますのでいらして下さいね。」
「分かったよ。最後まで有難う」
「いえ。それでは、失礼いたします。」
料理人が頭を下げて、が入って来たドアから出て行った。
その様子を見届けてから、は袖を捲くった。
「さて…と。急がないとな。あいつら、人の部屋の中、荒らしそうだし。」
独り言のように、そう呟いて。
今まさにその状況が自分の部屋で起こっているなどということは知る由もなく。
は冷蔵庫に近づいた。
「うーん…アップルパイでいいか。」
野菜室に入っていた林檎を取り出しながら、呟く。
林檎を手の上で弾ませて、大丈夫かどうか確かめる。
「さて、と。じゃ、始めますか」
包丁片手には言った。
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「お待たせー……って、何やってるの?」
「あ…先輩…」
出来あがったばかりのアップルパイと人数分の皿とフォークを持って、自分の部屋に戻って来たは目を丸くした。
テーブルの上はトランプのピラミッドがいくつも出来てるし、自分のベッドの上では埴之塚が飛び跳ねているし。
カーペットの敷いてある床の上には、何処から持って来たのか分からない、お菓子の袋が散らばっている。
はため息をつくと、空いているテーブルの上にトレイを置いた。
「…これはどう言う事?」
「見たままだが?」
「そういうことじゃないよ、鏡夜…」
あー…頭が痛い…
とは頭を抱えながら、心の中で呟いた。
隣には、至って冷静に腕を組んでその様子を楽しげに見ている鳳がいた。
「”ゆっくりしてていいよ”とは言ったけど、”汚くしていいよ”とは言ってないよ。」
「ご、ごめんね、ちゃん」
「いいよ、別に。怒ってないし…」
「ただ、パイを食べる前に片付けないとね。」とは苦笑した。
シュン…となって、愛用のウサギのぬいぐるみを持って謝る埴之塚の頭に手をやる。
「このトランプは、環と双子だろ?ちゃんと片付けろよ。」
「「えーー」」
「えー、じゃない。ほら、さっさとやって。折角の焼きたてパイが冷えちゃうよ。」
「「もしかして、先輩の手作り?」」
「? そうだけど?」
「何当たり前なこと言ってるの?」とでも言いたそうな視線を、は双子に向けた。
その言葉を聞いた瞬間
それまで一歩も動こうとしなかった一行が、一斉に動き出した。……一部を除いて。
凄いスピードで片付いていく部屋の中。
呆気に取られつつも訳がわかっていないは、隣で相変わらず腕を組んで立っている鳳を見た。
「…どうして皆、急にやる気になったんだ?」
「さあ?…でも、お前のパイが早く食いたいっていうのは一理あるかもな。」
「どうして?」
「お前が作るのは、どれも絶品だからね」
は「そうかな」と問い掛け様とした。
が、はその言葉を飲み込んだ。
笑っている鳳の顔を見たせいもあるかもしれないが、それ以上に嬉しさで一杯だった。
鳳から視線を外して、部屋の中を見渡す。
もう既に片付けは終わったらしく、と鳳以外は既に席についていた。
「皆早いなー」
「…さて。俺も座ろうかな。」
苦笑して言うの隣で鳳もそう言い、空いている椅子に座った。
期待のこもった目で見てくる皆に、は照れ笑いを向けた。
傍らに避けて置いていたトレイに手を伸ばして、自分の目の前に引き寄せる。
ケーキ用のナイフを手に取り、人数分に切り分けていく。
ス…とナイフの先がパイの中に姿を消す。
(うん。いい感じかな)
心の中では頷いた。
「はい。どうぞ」
「「おぉ!」」
「美味しそーv」
「……(コクン)」
切り終えてお皿に乗せ、一人ずつテーブルに置いていく。
埴之塚が目を輝かせてフォークを手に取った。他の人達もならってフォークを手に取った。
サク…とパイ生地の独特な音が聞こえる。
「美味しーvv」
「本当だ…」
「「ほんと、先輩、上手いよねー。婿じゃなくて嫁にいけばー?」」
「あははー。本当、双子って面白いこと言うよねー。」
「「!?」」
双子が言った後すぐに、笑顔では返した。
が、顔は笑っている反面、声と目は笑っていなかった。
カラン…と双子の手からフォークが滑り落ちる。
瞬間、一気に部屋の温度が10度くらい下がったような…
そんな感じをその場にいた以外は全員感じた。
双子が恐ろしい物でも見るかのようにを見た。
が、の顔を見た途端、双子は拍子抜けをした。
「ハニー先輩。おかわりしない?」
「するーv」
「「………」」
双子の視線の先では、いつもの調子に戻ったが埴之塚にパイを勧めている所だった。
「…あれ?どうしたの、皆。冷めたら美味しくないよ?」
「「「「「…………」」」」」
いつもの調子でキョトン、として問ってくるに、埴之塚と鳳以外は一気に脱力した。
鳳はその様子を面白そうに見ているだけだった。
「……先輩てさぁ…」
「?何、馨」
「無意識なわけ……?」
「何が?」
「「……ハァ」」
「え?え?」
双子は、本当に何も分かっていない様子のに、揃ってため息をついた。
「なんでため息つくんだよ!?」と、聞いてくるも無視して。
「天然で、それでいて何処か抜けてるんだね…」
「さっきの俺らの恐怖はどうなんの?」
「あー…無意識って本当たち悪いー…」
「だから、なんなんだよ?おい、光!馨!」
「「先輩は知らなくていいよ〜」」
「はあ?」
完全に相手する気無しの双子に、は疑問がった。
環に聞いてみようとしたものの、上の空で全然相手にならなかった。
結局解決できないまま、は夕飯の準備をする時間になった。
「……あ、今日、皆夕飯食べて行くよな?」
「もちろんさ」
「「当たり前じゃんー。先輩の手料理美味いもんなー」」
「あ、手伝います。」
「有難う、ハルヒ。」
名乗りでてくれたハルヒに感謝して、は笑った。
立ちあがり、パイを持ってくるときに使ったトレイに、今度は使った皿を乗せた。
「じゃあ、ハルヒ。付いて来て。他の皆はここで大人しく待ってて。出来たら呼びに来るから」
そう言うと、トレイを持って、ハルヒを引きつれては部屋を出て行った。
部屋の中には、の変わり具合に脱力した人たちと愉快そうに笑う人が残されたのだった。
**途中コメント**
……いつも予告破りでスミマセン;
2話じゃ終わりませんでしたね(汗)
でも次で終わります。
なんだか色々急展開でスミマセン;
読みづらいこと読みづらいこと…(汗)
06,2,18